OBSラジオ「BINGO」(2018/12/6(木)13:15頃~)に出演させて頂きました。

OBSラジオ「BINGO」(2018/12/6(木)13:15頃~)に出演の機会をいただきました。

 

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番組内では、以下のような事をお話しいたしました。

まず、10月28日に開催した第2回フードバザーの様子と、その成果をこの場でご報告いたしました。

次に、現在、地域のボランティアや賛助団体、大分県生活環境部、大分市生活環境部などと意見交換を行っています。
ご意見を頂戴するなかで、フードバンクに生鮮品、特に野菜・果物が必要になっていることを知りました。
日々の生活に野菜・果物が不足すると、ビタミンC欠乏症である壊血病、ビタミンB欠乏症である脚気症状がおきます。

私たちの大分県でも、壊血病の歴史があります。
1600年4月19日、臼杵市佐志生の浜に、オランダ船「リーフデ号」が漂着しました。乗務員110人中4分の3が壊血病で死亡、24人になっていました。時は関ヶ原の合戦の半年前。船員のウイリアム・アダムスは、大阪城の徳川家康のもとに大砲と共に連行されました。家康の信頼を受けたアダムスは、「三浦按針」と名前を変え、外交顧問となり上杉氏討伐に力を発揮。リーフデ号の大砲もこの時使用されています。

歴史的にもこの症状は身近でした。例えば、

1904年の日露戦争でのロシア側の敗因として、ビタミンC不足が原因の壊血病による兵士の戦意喪失がありました。

ロシアの旅順要塞内の備蓄食料は大豆などの穀物ばかりで、野菜が不足していました。

ロシアには、大豆を水に漬けて発芽させビタミンCの豊富なもやしを作って食べる習慣がなかったためです。

壊血病の症状は、皮膚や歯肉からの出血、喉の渇き、水やアルコールの多飲、倦怠感、うつ状態です。

この日露戦争では、日本側にも大損害がありました。

当時、日本陸軍の戦時兵食が白米飯であったため、ビタミンB1を含まず ”脚気” が大流行しました。
患者約25万人、死者2万以上の大惨状となったのです。他方、海軍では、海軍軍医 高木兼寛(たかきかねひろ)の意見で、
麦飯に切り替えたため、患者87名、死者3名にすぎなかったと言われます。脚気の症状は、倦怠感・手足末端のしびれ感・むくみ・呼吸困難等です。

徳川幕府の13代将軍 家定、14代将軍 家持も脚気が原因で亡くなられています。

この例のように今後のフードバンク活動には「栄養と食育意識」が必要になるでしょう。

従来の乾物&レトルト食品中心では「子育て支援」とは言えないでしょう。

来年は従来のフードバンクの概念である経済困難感を感じる方々への支援に合わせて、食育支援も行っていきたいと考えています。

さて、このようなフードバンク事業はみなさんのボランティアにより運営されており、
多くの方々からご支援をお願い致します。また、支援のための募金についても今後ホームページ上でお願いする予定です。

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